死別から3年経って再婚しようと思うまでの話。➀

ちゃんみあ
お久しぶりでございます!!!
みあきです。
みなさんお元気でしたか?

 

前回の投稿から1年10ヶ月…その間にわたくし

結婚し出産いたしました!

 

そうちゃん
どうもご無沙汰しておりました!
みあきちゃんの夫になりました。

 

久しぶりのブログは近況報告です。

長くなるので分割してお送りいたします。

 

必死に走った3年間

娘と二人きりで暮らした3年は、私必死でした。

「自分の人生は自分のものだ」

としっかり自信を持って生きられるようになったのは三回忌の後からだったなぁ。

四十九日までは…
一周忌までは…
三回忌までは…

と目標を決めて自分を真っ直ぐ立たせることに精一杯で、
そのために自分に必要な学びをしてきました。

だから心から大切だと思うことや、
知っていると自分らしく生きれると思えることを伝えることができているんだと思います。

 

亡くなる三日前に言われたこの言葉が私を頑張らせてくれました。

『お前だけは泣かないでくれ。
家族の前では特に強くて明るいお前であってくれ。頼む。』

この言葉がなかったら私は

悲しみに暮れて、

感情に溺れて、

立ち直れずに、

仕事なんてできず、

精神が病んでいたかもしれない。

 

そう思うと、亡き夫に強くしてもらい支えられてきたんだなぁとしみじみ思います。

 

感情を殺して生きる

ただ、自分の人生を生きるようになってからその言葉は呪縛のような呪いのような感じで、感情を外に出すということがわからなくなってしいました。

 

泣いても周りを困らせるだけだから。

怒っても何も変わらないから。

喜んでる場合じゃないから。

楽しんでいる暇はないから。

 

常にそう自分に言い聞かせ、淡々と子育てと仕事をこなしていました。

ちゃんみあ
大丈夫、大丈夫。なるようにしかならないし、なんとかなるから。

沢山の人にそればかり言ってたと思います。

心配してくれる人にも、手伝ってくれようとしていた人にも。

 

きっとそう思うしかなかったんだろうね。

 

 

母ってこんなに笑うんだね

私はどうやら必死過ぎて思いっきり笑うこともなかったらしい。
いや、

笑ってるつもりでした。

 

今の旦那ちゃんが我が家に来るようになってから娘に言われました。

我が娘
ピョンタ
母ってこんなに笑うんだね!
ちゃんみあ
今までだって笑ってたじゃない
我が娘
ピョンタ
そうかな?  そんな顔じゃなかったよ?
ちゃんみあ
そうかな?自分じゃわかんないや
我が娘
ピョンタ
私、母の笑った顔大好きなんだ。
すっごく可愛い。1番可愛い!
そうくんが来てくれて良かった。
どうしたら私のお父さんになってくれるかなぁ?

 

お母さんがいっぱい笑うようにしてくれるこの人を
お父さんにしたい!

そう娘が思ったのが、結婚を考えるきっかけになりました。

 

それから娘からそうちゃんに

「私のお父さんになってください」と伝えられ、

私たちは夫婦になるということを真剣に考えはじめたのでした。

 

死別からの再婚について思うこと

死んだ旦那さんをずっと想い続けて生きるのは、人が思い描く美しい理想なのかなと思います。

だから再婚しましたと報告した時、

亡くなった旦那さんが可哀想

変わりの人作ったんだね

などと言われ、いっぱい批判もされたし掌が返ったように去っていった人もたくさんいました。

 

たけど私は、娘が喜んでくれる再婚ができて、
自分が自然と笑ったり泣いたりできる再婚ができて、今とても幸せです。

夫になってくれたそうちゃんにもとても感謝をしているし、結婚してほしいと強く願ってくれた娘にも感謝しています。

それと同時に、娘がいなかったら前の夫の死を乗り越えられていたかどうか…

そう思うと、娘をこの世に生みだしてくれたくれた前の夫にも本当に感謝しています。

 

再婚はしたけど、一生亡くなった夫のことは忘れない。

いや、忘れられません。

ただ、忘れられないからといって、すがって生きたりしないし、
可哀想な自分に浸ったり、悲劇のヒロインとしても生きない。

気付かせてくれたたくさんのことを大切にして、
彼がいたから娘がいて、彼がいたから今の私がいるということに感謝して、この先も大切な人として忘れることなく生きていきます。

 

人はいつ死ぬかもわからないから、

人生は一度きりだから、

今日を大切に

隣にいる人の笑顔を大切に

自分を大切に

しっかりと生きていきたい。

 

心からそう思います。

つづきはコチラ↓

死別から3年経って再婚しようと思うまでの話。②

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